盛岡ツイン歯科クリニックの紹介

旧津志田歯科医院のままで! 先端の設備と優秀なスタッフ

昭和62年 この地で 旧院長(鈴木伸)が 津志田歯科医院が開業しました。
旧院長は 全国でも有名になるほど 診療や研究に邁進してきました。
日本マウスピース矯正研究会の会長として 多くの先生方にセミナーをしてきました。
しかし 10年後、20年後も 自分で責任が取れる診療をしたいというのが信念で 継承を考えていました。
令和4年5月に 関口沙季院長のもと 新しい体制がスタートします。
当然 旧院長も 今まで行ってきた治療の責任があるとのことで 今までの患者さんに対する診療は継続します。
旧津志田歯科医院は 全国でもトップクラスの診療設備があります。
今後も 先端設備を整え 治療技術を磨くために研鑽してまいります。
常に 先端設備・優秀なスタッフ・先進の治療技術で診療していきますので、今後ともよろしくお願い申し上げます。
盛岡ツイン歯科クリニックは、引き続き、盛岡第三高等学校、盛岡市津志田小学校の学校医として、地域歯科医療に貢献してまいります。

津志田歯科医院から盛岡ツイン歯科クリニック

名称変更は、患者さんと長く付き添う為

津志田歯科医院の院長 鈴木伸の父・八五平が亡くなったのは、大船渡市長現役で64歳でした
岩手国体の時は、がんで中央病院に入院中で、団長を務めました
仕事に責任を持つのは、子、孫に伝えられています
津志田歯科医院は、院長が55歳の時に、10年以上はインプラントの予後を見たいという考えで、やめました。
八五平が、大船渡市長時代は、道路に水が溜まっているだけでも、夜中でも市民からの電話が鳴っていました。
わがままな市民に苦しめられたことは事実で、ストレスで癌が再発した可能性もありますが、一言も文句を言わず、夜中でも出かけていきました。
津志田歯科医院では、あまりに不合理なわがままには、厳しく対処してきましたが、人は人にやさしくなければ、付き合いたくないものです。
1000人いれば、1人くらいは、自分のことしか考えられない人がいるものです。
これからは、名称を変更し、今後、30年以上は、患者さんとともに生きていけるよう、盛岡ツイン歯科クリニックの考えのもとで、情熱を燃やします。
津志田歯科医院の技術や設備は継承していきますが、考え方は刷新します。
しかし、東日本大震災の後に、沿岸に行ったときの風景は忘れられません。その時に、インビザラインの治療費の2割を寄付することを決めました。苦しい時もありましたが、なんとか10年続けることができました。
今後も、何らかの形で、社会に貢献していきますので、どうぞ、よろしくお願い申し上げます。

コンセプト

かかりつけ歯科医院になるために

日本歯科医師会 かかりつけ歯科医とは

生涯を通じて 継続的に管理できる歯科医院を目指します
患者さんには いつでも相談できる 何かあったら すぐに治療してもらえる歯科医院を持っていただきたいと思います
そのために 定期健診を重要視していきます
当院は 定期健診を受けていただいてる患者さんを かかりつけの患者さんと考えています
そのような方々を 優先的に診療できる体制作りをしていきます
生涯 皆様が 健康を保てるように 当院全員が 研鑽していきますので よろしくお願い申し上げます

いわて元気〇ーテレビ岩手

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